南部古代型染について

室町時代に発生したと考えられる型染は、武将の旗指物や馬印、張幕などに紋章を染め出すことから始まったものです。
各武将の領地には、それぞれ独自の紋様を持つ型染がありました。

南部型は、紋様構成がダイナミックであり、繊細かつ優雅な流れによる表現が特徴です。
南部藩士の豪快な気性と、美術を好む城主の風雅な気質が、受け継がれてきた多くの紋様に反映されています。


十六代小野三郎(1905~1986年)は十八歳の時、代々伝えられた南部型の古い型紙の美しさに惹かれ、伝統ある文様を後世に遺すため大正十年から傷んだ型紙の復元を始めます。
既に三百年以上の年月が経過した型もあり、再制作や絹糸での補強・紗張り等をしながら人生の大半を南部型染一筋に歩み続けました。

大正に始めた南部型の復元と染色は、昭和に入ってからも続けられますが、第二次世界大戦中(1939~1945年)は、物資不足のため中断を余儀なくされました。
戦時中は、型紙が戦災で焼失しないように、大きな藍甕(あいがめ)や防空壕に入れて守りました。
戦後は、昭和二十五年(1950年)から染色業を再開し、「南部(なんぶ)古代(こだい)型染(かたぞめ)」の商標で一般に知られるようになりました。


 

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蛭子屋 小野染彩所
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